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責められる恐怖

02-17,2018

早春(14)
今日の平昌オリンピック、
フィギュアスケート男子フリー、
羽生結弦選手ですけど、
彼の演技が生中継放送される直前、
テレビの前を離れた人がいまして、
「見ることができなかった」って、
その理由を後で聞きましたけど、
まあ、何でしょうねえ、彼が、
「失敗する姿」が「見られない」、
あの、「見られない」というのは、
変な表現ですけど、その人は、
「失敗したらたいへんだ」という、
心配を通り越して「恐怖」、
まあ、まさに恐怖を感じたので、
テレビ中継が見られなかった、
どうも、そういうことみたいで、
それ、その人自身のことじゃなく、
「他人のこと」ですけどね、でも、
まるで「自分のこと」みたいに、
感じちゃったわけなんでしょうか、
その人、「失敗したら叱られる」、
その恐怖が半端じゃないみたいで、
ですから、「羽生選手」という、
自分と関係ない他人のことですが、
それでも、我がことみたいに感じ、
「極度の恐怖」に陥ったみたいで、
全くねェ、「感情」関連のことは、
理屈では判断できないことだって、
ほんとに思ったことでした。

羽生選手が金メダルでしたから、
その人はやっと、
羽生選手の演技を、
テレビで見ることができまして、
その実例によって、この世の中、
「できない」とか、
「期待に添えない」って理由で、
「責められる」と言うか、
精神的に負担を感じちゃう人が、
いるんだってことで、
その深刻さを考えたことでして。

あの、人は確かに、
社会的に生きてますけどね、でも、
「誰かの欲求をかなえるため」に、
他人の欲望を充足する道具として、
生きてるわけではないんですけど、
でも、世の中には、自分はですね、
たとえば、「親の願い」を、
「かなえなければならない」とか、
そんなふうに思ってる人って、
いませんか?
・ ・ ・ ってことなんですよね。

この続き、
明日書ければと思いますが、でも、
明日になってみなければ、
実際そうできるかどうか、
わかりません。


自分の願いで生きられるのが幸福。

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