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苦しみを救う

01-21,2018

寒の内(13)
社会というものは、当然ですけど、
「個人の意思」で左右できませんし、
もちろん、
個人的に社会を動かすなんてことを、
させてはいけませんね。

ところで、昨日に続いて、
「信越線立ち往生 バス提供辞退」
の話題なんですけど、
「JR東日本新潟支社の記者会見で、
(三条市の)消防が
マイクロバスを用意できる
という話があった。
全員の救出を考えていたので
マイクロバスでは困難と考え、
お断りした」
「大きなバスでの
全員救済にこだわり、
結果的に誤りだった。
自前でやろうとしすぎた」

その記事ではじめて、「消防」が、
マイクロバスを用意できるってこと、
私は知りまして、でも、知る前は、
JRがバスの提供を断った理由を、
「費用が発生する」からだろうと、
勘違いしてました。

なお、関連しまして、JRは、
乗客への補償については、
「今のところは検討していない」
という記者会見での回答でした。

まあ、とにかく、
「乗客には苦しい立場を強いて」も、
JR部外者には「関らせない」って、
そういう気持ちなんでしょうね。

そして、乗客に対しての補償は、
「無い」わけでして、まあ、つまり、
JR以外の人々や社会に対しては、
援助したいという好意すら退けて、
一晩中苦しめた乗客に対しては、
超然とした態度に出てるんですよね。

それで、私の勝手な想像ですが、
バスでの援助要請に応えるとか、
そういうのは「対社会的」行為で、
緊急時だからその場のJR社員が、
正規の指揮命令系統の範囲外で、
「判断を迫られる」ことになって、
その場合、「判断を間違う」と、
後で批判されたり罰を受けるという、
そういう危険性を回避したのでは?
・ ・ ・ というのが私の推測です。

まあ、とにかく、結果として、
JRとしては最低限の費用負担で、
また、最小限の手間で、
事態が収束することになりまして、
結局、事故の痛みを、
当事者のJRがかぶらずに、
乗客に押し付ける結果になったと、
私は思いますし、また当初から、
JRの方針はそうであったかも?
・ ・ ・ って、私は思いました。

人の苦しみを救うことが、
まず真っ先に大切という、
「人を大切にする気持ち」が、
世の中の常識というようであれば、
幸せで住みやすい社会ができると、
私は思うんですけどね。


人を大切にする社会が幸福な社会。

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