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批判が怖い

01-20,2018

寒の内(12)
センター試験でのムーミンの話題、
後日、続けて書きたいと思いますが、
今日は、別の話です。

「信越線立ち往生
 JRが三条市の
 バス提供申し出を断る
 「全員を
 一度に救助できないと考えた」
・・・という見出しのニュースで、
私はねえ、なるほどなるほどって、
ほんと、「心情が納得できた」と、
まあ、勝手な解釈かも知れませんが。

あのう、センター試験の、
ムーミン事件もですね、結局は、
「批判を受ける」っていうことに、
関連するできごとだと思いますが、
「バス提供を断った」というのも、
私の独断による勝手な想像によれば、
「批判を恐れる」からだったろうと、
くどいですけど、それ、「空想」で、
事実ではありませんから、念のため。

それで、私のデタラメ空想によれば、
バスを提供してもらって救えるのは、
列車の乗客全員でなく「一部」です。
なしにろ、「全員を
一度に救助できないと考えた」って、
言ってるわけですからね。

そうしますと、バスに「誰が乗るか」、
そのことが問題になりますし、さらに、
「乗れなかった」乗客からは、
JRに対する不満の噴出が予想され、
その対策に頭を痛めることになるから、
それならば、「誰も救わない」ほうが、
乗客に対する「公平な扱い」となり、
JR側は批判を免れる道が開かれる、
・ ・ ・ というのが、私の推測で、
つまり、乗客の一部をバスに乗せると、
JRが「批判される」展開になるから、
そういう非難が避けられるのであれば、
救出しないほうがマシ ・ ・ ・ って、
そういう心理じゃなかったかなあと、
これ、ほんとに全く、邪推も邪推、
JR関係の皆様にお詫び、お詫びです。

さて、そういう推測は、
「一度に救助できない」という、
JR関係者の言葉に基づいた想像で、
でも、私は、「もう一つの理由」が、
もっと重要だったのではないか?
・ ・ ・ と考えるんですけど、
その「もう一つの理由」については、
また明日。

まあ、とにかく、
社会生活を営むということは、
「自分自身の思い」だけでは、
行動できないって面がありまして、
特に、「人を批判する」ことが、
普通に行われるような世の中では、
批判を受けることを避けるために、
「身を守る」行動に出やすいので、
そうなりますと、どうしても、
幸福な社会が実現できないことを、
おいおいと書いていきたいです。


批判を恐れる日々を暮らすのは不幸。

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